プラチナの歴史

古くは古代エジプト第18王朝時代にファラオの装身具として僅かながら利用されていたそうです。

現存する最古のプラチナ製品は、ルーブル美術館収蔵の、通称「テーべの小箱」です。

これはエジプトのテーベにある女性神官シェペヌペットの墓から出土した小箱で、紀元前720年から紀元前659年頃のものと思われています。

又、10世紀頃には、南米でも装身具としても利用されていました。これは純度80%以上もあるもので、当時すでに高度な精錬技術が有った事を示します。

ただ合金状のものでも融点まで加熱するのは当時の技術水準では不可能でしたが、 貴金属ゆえに酸素では酸化されない性質を利用し粉末状・粒状のものを現在の粉末冶金などと呼ばれる方法で成型していたものと今は考えられています。

スペイン人による南米への侵略の際に、当時ヨーロッパで珍重されていた銀と勘違いされて略奪され持ち帰られました。

しかし銀と同じ加工設備ではプラチナを溶かすことができず(銀よりも融点が高い)大量に廃棄された。

1735年に、スペインの海軍将校がコロンビアのピント川河畔で銀に似た白い金属を発見し、本国に報告したことがプラチナの「再発見」となったのです。 スペイン人達は、これを「ピント川の小さな銀 (platina del Pinto)」と呼び、 これが現在のplatina、あるいは元素名platinum(ラテン語形)の語源となっているのです。

これまでに人類によって産出されたプラチナの総量は約4000トン、体積にして約200立方メートル(一辺が約6メートルの立方体)程です。

白金ナノ粒子含有スチームや白金ナノコロイドや電解還元水など、 活性酸素を還元することによる抗酸化作用があると考えられており、美容への利用も進んできているようです。